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最高裁判所第二小法廷 昭和42年(あ)873号 判決 1968年7月19日

主文

原判決および第一審判決を破棄する。

本件を大阪地方裁判所に差し戻す。

理由

弁護人関田政雄の上告趣意は、憲法違反をいう点もあるが、その実質は原判決の法令解釈の不当をいうものであって、単なる法令違反の主張に帰し、適法な上告理由にあたらない。

しかしながら、所論にかんがみ、職権をもって調査すると、本件第一審判決が認定した犯罪事実は、要するに、「被告人甲は、同乙貿易株式会社の業務に関し、法定の除外事由がないのに、非居住者である台湾在住の各商社との契約にもとづく貨物の輸出に関し、右各商社との間で、実際の輸出契約額より低価で輸出手続をしその差額金は別途日本円で決済を受けることを約定したうえ、昭和三七年一〇月から同三九年八月まで一四五回にわたり、右各商社に対し自転車部品等を実際の契約額より低価でそれぞれ輸出し、よって右各商社に対し低価輸出による差額合計四万四二〇八ドル九六セント(邦貨換算一五六七万六三一一円相当)の外貨債権を発生させ、もって居住者と非居住者間の債権発生の当事者となったものである。」というのであり、第一審判決は右事実につき外国為替及び外国貿易管理法(以下外為法と略称する)三〇条三号、七〇条一〇号、七三条を適用したものである。そして右外為法三〇条にいう「政令で定める場合」として、外国為替管理令一三条の規定が存し、本件は同令一三条一項一号所定の「居住者と……非居住者との間の……売買に関する契約に基く外貨債権について債権の発生等の当事者となる場合」に該当するとされたものであることは、第一審判決の判文上明らかなところである。しかして原判決は以上のような第一審判決を認容して被告人らの控訴を棄却したものである。

ところで右外国為替管理令一三条一項一号にいう「外貨債権」とは、「外国において又は外貨をもって支払を受けることができる債権」をいうものであること外為法六条一項一四号の明定するところであるが、ある債権が外貨をもって支払を受けることができるものであるかどうかについては、当該債権額が契約書等においていかなる通貨で表示されているかという点のみによって決すべきものではなく、その当事者間の具体的な契約内容を総合考慮して判断しなければならない。それゆえ本件において、各輸出契約が締結された際、真実の契約代金額と手続上の低価代金額との差額分につき、特に日本円によって決済がなされるべき旨約定されていたとすれば、その差額分の代金債権は、たとえその額が契約書においてドルで表示されていたとしても、外貨をもって支払を受けることができる債権には該当しないものと解するのを相当とする。この点につき、第一審判決ならびに原判決は、外為法の立法趣旨等を強調し、本件の如き債権の規制の必要性を説くのであるが、本件が外為法三〇条三号違反にあたらないとしても、本件の如き所為に関しては同法の他の条文に触れることも考えられないわけではないのであるし、いずれにしても本件につき強いて外貨債権の発生を認め右三〇条三号に問擬する根拠にはならないというべきである。

しからば、本件差額分の代金債権については日本円で決済を受けることを約定したと認定しながら、これを直ちに外貨債権にあたるものとし、被告人らにつき本件外為法違反の罪の成立を認めた第一審判決ならびにこれを認容した原判決は、法令の解釈、適用を誤ったものであり、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであって、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。

よって、刑訴法四一一条一号、四一三条本文により、原判決および第一審判決を破棄し、本件については前記決済に関する特約の成立時期、内容等につきさらに審理を尽くさせるべく、本件を第一審裁判所である大阪地方裁判所に差し戻すべきものとし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官 色川幸太郎)

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